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日経ビジネス 1997年12月22・29日号

凸面鏡で「超すき間」制覇 競争激化の市場は”捨てる”

日経ビジネス表紙飛行機内や駐車場の安全確認用の鏡など特殊な凸面鏡に特化。絶えず開発のアイデアを探り、徹底した顧客志向で品質を上げる。超すき間市場を狙い、ライバルが現れると撤退するのが戦略。

1996年9月、米国の航空機メーカー、ボーイング社の購買担当者が、埼玉県川口市のある町工場を訪れた。

コミー工芸という社名のこの企業は、年商わずか3億円、社員はパートも含めて20人ほどという中小企業。しかし、その製品は、ほかにない特殊なものばかりだ。ボーイングの購買担当者も、航空機の機内でスチュワーデスやスチュワードなど客室乗務員などが乗客の安全を確認するために使う小さな鏡を、コミー工芸が生産できると聞いて訪ねてきたのだった。

そのほかの製品では、コンビニエンスストアの店内の四隅に取り付けてある防犯鏡や、駐車場の出入り口、エレベーター内などに付ける鏡など特別な用途の凸面鏡ばかり。その後、納入が決まったボーイング向けの鏡は、客室内の乗務員の席の前に取り付けるものだが「凸面鏡でも表面の凸型のせり出しが小さく」「割れにくい」「燃えにくい」など、細かな制約があり、年間の販売量は、ほかの航空機メーカーも含め、年間1000枚程度。市場規模にしてせいぜい数千万円というもの。

コンビニエンスストアの防犯鏡も市場は1億円程度、そのほかの特殊鏡は1億円にも満たないといわれる。だが、コミー工芸はコンビニエンスストア向けの防犯鏡で約80%のシェアを握るなど、それぞれの分野では極めて強い。そんな製品を70種類も抱え、超ニッチ(すき間)市場を制覇して成長している企業なのである。

コミー工芸が超すき間市場で強い企業となっている秘密の1つは、その独特の商品開発手法にある。

顧客至上、1件のクレームにも即応

小宮山栄社長をはじめ従業員全員が、日々の生活のなかで絶えず製品のアイデアを考え、また徹底して顧客の声を聞いてそれに磨きをかける。さらに「ある程度可能性のあるアイデアだとみたら、すぐに試作」(小宮山社長)をして顧客のところに持ち込み、また改善するという。いってみれば、市場志向と顧客中心主義、そしてスピード第一を貫き続ける開発体制だ。

ボーイングに納入の決まった航空機用の鏡は、95年に小宮山社長が航空会社の友人に、客室乗務員が荷物棚の中の忘れ物を確認したり、客室内を見渡したりするのに使える鏡を探している、という話を聞いたのが開発のきっかけだった。当時、航空機に使われていた鏡は、ステンレス製で壊れにくかったが、曇りやすく、平面鏡だったため客室全体を映し出すこともできなかった。小宮山社長は、それを見た瞬間、「うちならもっと良い鏡をつくれる」とひらめいたという。生活のいろいろな場面にアンテナを張り巡らし、敏感に新製品のアイデアを考え出しているわけだ。

91年につくった個人住宅の駐車場の出入り口に取り付ける安全確認のための鏡は、小宮山社長が、知人の建設会社の社員と雑談をしているときに出てきたちょっとした話題をヒントにした。

開発の種を見つけたら、即座に調査に動くのもコミー流。社内の開発担当者3人が東京、千葉、神奈川の住宅地を何ヵ所も回り、住宅のそばの駐車場で見通しの悪いところがどの程度あるか、を見て歩き、「一定の市場がある」ことを確認して開発に取りかかったという。

もちろん小さな企業のこと。社内に技術者は少ないから、雨風に耐えられる構造や、鏡のデザイン、取り付け方など、それぞれの専門家を訪ねては教えを乞い、つくり上げていった。

だが、コミー工芸の開発の”執拗さ”は これだけではない。製品の品質を上げるために、実際に使う顧客の満足度を徹底して高める努力をし続ける。たとえば数年前にこんなことがあった。住宅の駐車場用の鏡を使っていた静岡県の顧客から「鏡の裏に塗ってある防さび塗料がはがれかけている」という電話がきた。たった1件の”クレーム”だから、適当に対応して済ませることもできたはずだが、小宮山社長は即座に営業の社員を派遣した。

「どんな状態で塗料がはげ、なぜそうなったかの原因を突き止めるため」(小宮山社長)だ。結果的には、その製品だけでなく、既に販売された同種のものをすべて回収することにしたため、多額の費用がかかったが、「対策を講じないで信用が落ちるのが一番恐ろしい」(小山嘉徳・コミー工芸開発部長)と意に介さない。

顧客至上主義では、商品の安定供給の面でもこだわりつづけている。防犯用の鏡を納入しているコンビニエンスストアチェーンからはこんな声も聞こえる。

「大量出店などで一時的に需要が集中しても、コミー工芸は常にきちんと対応してくれる」(ファミリーマート建設資材部企画什器担当の井上修マネージャー)。わずかな顧客の声も見逃さず、品質と信頼性の向上を追求し続ける努力をすることには非常に熱心なのである。

大企業相手でも手形は受け取らず

日経ビジネス記事コミー工芸は、中小企業ながら自社開発にこだわり、新製品を世に問い続ける提案型の企業だが、自らつくり出した市場も競争が激しくなりかけるとすぐに撤退するという独自の戦略もとっている。

たとえばカラオケボックス向けなどとして92年ごろ開発した小さなミラーボールは、当初ちょっとした人気製品となったが、発売後、半年ほどで大手電器メーカーが類似品を売り出した。すると、小宮山社長は即座に撤退を決め、残っていた製品在庫をすべて処分した。「競争をしないで逃げる」のである。

超すき間市場の製品で、かつ駐車場用の鏡の裏の塗料の問題のように、たった1件の”クレーム”でも社員を派遣するほど手間をかけているだけに、市場で高いシェアをとることで、粗利益率を高くしてようやくもうかる。その構造が、競争が激しくなり、価格が下がると成り立たなくなる。これだけがすべてではないが、「逃げる」のには、そんな狙いがある。

さらに同社は、73年の設立以来、仕入れや売り上げの回収に手形を使わないようにしている。製品は、すべて受注生産で、納入先から銀行に入金があったことを確認してからでないと発送しない。大企業との取引でも同様の姿勢で「うちの手形が受け取れないのか、と大企業から言われ、けんかになりかけたことも少なくない」(小宮山社長)というほど。

それでも、このやり方は変えない。「手形が落ちるかどうか心配するぐらいなら、その神経を商品開発の方に集中したい」からだという。超すき間市場で生きていく仕組みを維持するために、リスクを避けるのにも細かく気を使っているのだ。

当然、支出も絞りに絞っている。工場の作業台はほとんどベニヤ板で自作し、社有車も10年前に買ったライトバンが1台あるだけ。「高速道路は、これまで使ったことがない」(小宮山社長)というほど。

開発体制からリスク回避の手法まで、社長の個性がいかんなく発揮されている企業なのである。