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経営者会報 08年10月号

注目企業研究

コンビニから航空機まで「気くばりミラー」で国内外の市場を開拓

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駅や病院、工場内での衝突防止・安全確認、書店やコンビニなどでの万引防止、航空機の手荷物入れの忘れ物確認など、様々なところで利用されている特殊ミラーの開発製造を一手に引き受けているのがコミーだ。道路を除いた特殊用途のミラーはコミーが市場を開拓してきたといっていい。看板会社として起業し、コミーを育て上げた小宮山栄社長に聞く。

飛行機の手荷物入れの中の上部や横に鏡がついていることにお気づきだろうか。手荷物入れは奥行きがあるので、小さなものがこぼれ落ちると気付かないことがあるが、この鏡が全体を映し出すので確認できる。平面なのに視野が広い特殊な鏡で、「FF(ファンタスティック・フラット)ミラー」という名称だ。国内だけでなく、海外の飛行機にも採用されている。
このFFミラーを独占的に製造しているのが、川口市に本社を置くコミーである。

FFミラーのほか、半球状の「凸面ミラー」も製造しており、同社の特殊ミラーは、病院、交通機関、工場倉庫内などでの衝突防止や安全確認、ATMでの覗き見防止、書店やコンビニなどの万引対策、顧客サービス向上などに使われている。
「当社のミラーは防犯、安全、サービス、効率アップに役立っており、われわれはこれを『気くばりミラー』と呼んでいます。道路上で自動車を確認するためのミラー以外は、ほぼ当社が供給しています」と小宮山社長は語る(以下、発言は同氏)。
航空機用のFFミラーは、これまで乗務員がいちいち靴を脱いで忘れ物を点検していた作業を不要にし、点検の時間を大幅に短縮させたため航空会社に喜ばれている。
「われわれは忘れ物確認用だと思っていたんですが、ある海外の航空会社では爆弾チェックにも使っているという話を聞いて、なるほどと思いました。ただ、このミラーの用途をわからない乗客もいるようなので、最近ではミラーに『手荷物をチェックしてください』とメッセージを入れるようにしました。使い方を利用者の方にわかってもらうことも当社の使命だし、使い方がわかれば市場はもっと広がるはずです」

気くばりミラーで万引も減少

死角をなくすというミラーの基本機能は同じだが、顧客によって使い方は様々だ。
たとえば、店舗内の凸面ミラーにしても、万引防止や不審者の監視などに役立つ一方、顧客の動きをさりげなく見て、何かを探しているようなら声をかけるとか、商品を抱えていたら買い物かごを手渡しするとか、席の空き状況をミラーで確認しながら素早く顧客を案内するなど、サービス向上に役立つ。
コミーのミラーを導入したある小売店では、当初は監視用にミラーを使うように指導していたが、次第に店舗スタッフの視線が顧客を刺すような目つきになった。
「実際には万引する人は一握りで、99%は大事なお客様なのだから犯人扱いしてはいけません。そこで、このお取引先ではミラーの使い方を『監視』から『思いやり』『気くばり』に変更したのです」
すると、店員が顧客をサポートするスタンスに代わり、視線も穏やかになり、監視のときよりもミラーを利用する頻度が上がった。その結果、店員と顧客の接触や会話が増え、万引が減少して売上が増えたという。
「お客様によって役立ち方が違う。このお話を聞いて当社の製品を”気くばりミラー”と呼ぶことにしました」
小宮山社長は売上拡大よりも「出会い」「創造」「信頼」lの喜びを大切にし、人々の役に立ち続けることが企業の役割だと考えている。そのためには、コミー製品に対する顧客、利用者の声を聞くことこそが、最大のマーケティングだ。
「当社では、パートもアルバイトも含めて全社員が定期的に現場へ行き、丸一日、ユーザーの話を聞いて、その結果を発表するということをしています。最近はようやく話を聞き出せるようになってきました。役に立っていない製品があれば製造を止めるか、設計を変更します。役に立っているというのであれば、その点をもっとお客様にアピールするわけです」

職を転々としてシャッターの文字書きに

同社の社員は15人だが、全員がマーケティングと生産システムと技術・商品開発に関わる。すべての社員が仕事を一気通貫で見渡せることで、ユーザーの役に立つという経営方針が共有されるというわけだ。
生産もセル生産で、ひとりが完成まで組み立てる。標準タイプだけでも50種類近くあるが、完成在庫をもたず、注文が入ってから組み立てる。航空機用とATM用を除いて午後3時までの注文は翌朝発送する。注文は一個でも受け付ける。こうしたやり方を10年以上かけてつくり上げてきた。そのため、治具、作業台、棚、製造機械などを内製化した。小宮山社長は「製造業が生き残る道は高い技術をもつか、多品種・少量・短納期しかない」と言う。
問題は梱包用段ボールの在庫だった。同社の製品は特注が多いので、自然と梱包用段ボールの種類も増え、100種近くになった。そのため、商品と段ボールの対応も混乱するようになり、いざ、梱包のときに段ボールの不足に気づき、社員が取引先に取りに行くこともあった。
そこで、小宮山社長は、注文を受けて出荷日が決まった時点で必要な段ボールを発注し、出荷当日の朝に納入してもらえば合理的だと考えた。
だが、段ボール会社にとっては煩雑になり、配送コストも上がる。小宮山社長は信頼する取引先に話を持ちかけ、「多品種・少量・短納期は時代の流れだから、一緒に改善に取り組まないか。そのためのおカネも人も出しましょう」と説得した。段ボール会社は意外とすんなりこの提案を受け入れ、2000年暮れからプロジェクトが始まり、半年ほどかけて実現した。
このように、取引先とも信頼関係を築いていることがコミーの強みだ。

たまたま作った回転式ミラーがヒット

小宮山社長は苦労人である。大学を卒業後、ベアリング製造の日本精工に入社するが、要領が悪く、競争の苦手な小宮山社長は大企業になかなか順応できなかった。結局、3年で会社を辞め、自動車の修理工場に勤めるが、1か月足らずでクビ。百科事典のセールスに転じるも押し売り的なセールスが合わずに2週間で辞めた。
その後、大型トラックの修理工場に入り、トラックに文字を書く仕事があることを知った。工場の日当よりもはるかに稼げるとわかり、自分もやりたいと思ったが、最終的には自動車ではなく、店舗のシャッターに文字を書く仕事を個人で始めた。
1967年に小諸文字宣伝社を設立。出身地である長野の小諸を社名に使った。
「早朝に商店街を回って、シャッターに何も書かれていない店を見つけると、昼にその店へ行き、『店の宣伝になるから、シャッターに文字を書きませんか』と営業します。シャッターが降りた夜のうちに仕事を終わらせ、次の日、代金をもらう。店の営業に支障はないので、結構、注文がありました」
やがて、資金を貯めて店舗をもち、看板まで制作するようになった。小宮山社長が「コミーさん」と呼ばれていたことから、68年にコミー工芸に社名を変更。店舗といっても狭い車庫にトタン屋根、トイレもない。夏はすさまじく暑く、冬はストーブで寒さをしのいだ。資金もない、売上もわずか、社員も弟子がひとりという、ないない尽くしの会社だったが、小宮山社長はものづくりが楽しかった。
あるとき、知人が「何かに使えないか」とアクリル製の凸面鏡を持ち込んできた。ちょうど、店頭に置いてくるくる回る回転看板を作っていたこともあり、モーターと電池で回る鏡を作ってみた。天井から吊り下げる店舗のディスプレイ用品として「回転ミラックス」と名づけ、77年に晴海で開かれた展示会に出展した。
すると、予想外に好評でポツポツ注文が入るようになった。そのうち、あるスーパーマーケットが30個も注文してきた。
たまたまそのスーパーが近くにあったものだから、半年後、一体何に使っているのだろうと訪ねていくと、なんとディスプレイ用ではなく、万引防止ミラーとして使っていることがわかった。小宮山社長は、万引が小売店をどれほど困らせているか初めて知って驚いた。
これを契機にコミーのミラーは万引防止に役立つと評判になり、ミラー製造が事業の主体になっていく。8年後には看板屋からミラー屋に変わった。

米ボーイング社に売り込み採用が決まる

自社ブランドをもつメーカーになると、販売ルートの開拓からマーケティング、開発などの業務が必要になる。小宮山社長はその分野に詳しい知人に教わりながら、会社の土台を築いてきた。とくに顧客に要望や不満を聞き、新しいミラーを開発、使い方を提案することが重要だと気づくようになる。
そのなかから、世界初のFFミラーも生まれた。平面なのに凸面鏡の広い視野をもち、樹脂製で軽量という特殊ミラーは、広く市場に受け入れられた。
あるとき、小宮山社長は飛行機に乗っていて手荷物入れに目が留まった。そこには普通の平面鏡が取りつけてあったが奥までよく見えず、表面は傷だらけ。ここにFFミラーをつければ役立つはずだと思った小宮山社長は、さっそく動き出した。
知人を通して国内航空会社にコンタクトをとり、実際に機内で試させてもらい、乗務員たちに好評を得た。しかも、手荷物入れだけでなく、乗務員自身がシートベルトをしているときの客室確認にも使えるという貴重な意見をもらった。
航空機に採用されるには耐火性や重量など様々な厳しい基準がある。それらをクリアし、アメリカのボーイング社にサンプルを送った。すると同社は強い興味を示した。小宮山社長は喜んだが、その後、同社が航空機部品を製造する大手企業にFFミラーのサンプルを見せたことがわかる。当時は特許も取得していなかったので、技術を盗まれるのではないかと不信感がわいたが、同社の仕入責任者が来日し、コミー本社で話し合って不信感は氷解した。
97年に米航空局のテストに合格した後、ボーイング777への採用が決まった。その後、ドイツなど外国の航空会社からも注文が入り、99年には日本航空も導入した。現在では国内外の航空機で7万枚のFFミラーが使われており、トラブルはゼロだという。

人との出会いを喜び物語を創る会社

96年には、コミーの「役に立つ」精神の根幹を揺るがす事件が起きた。ある万引防止に関する本の一節に「防犯ミラーは効果がないどころか、万引犯に販売員の動きをチェックされ逆に悪用されている」という趣旨のことが書いてあった。
著者に急ぎ抗議文を送るとともに、本当に万引防止の役に立っているか徹底的に調査した。店舗の現場で聞き取り調査をし、万引を警備するベテラン保安員の話を聞いた。その結果、防犯ミラーは欠かすことができないという確信が得られた。
結局、著者が内容を訂正することはなかったが、「頭の整理ができて役に立った」と小宮山社長は言う。さらに、万引問題の事実をありのままに書いた『万引問題解決法』(日本実務出版)という本にも協力し、2000年に発刊された。
小宮山社長は、今まで自身や会社に起きた出来事、考えたことを文章にまとめ、何冊も「物語」とつく冊子を作っている。『小さな会社の物語』『航空業界参入物語』などである。「コミーは『物語を創っている会社』だ」と言い、忙しさに流されず、過去の経緯や教訓を残して組織内に蓄積していくことが経営者の役割だと考えている。
今、創りつつある新しい物語が「箸」だ。 「箸は民族も年齢も問わず、誰もが使えて共通の話題になる。そこから出会いの喜びも生まれます。いろいろな人間を集める”箸渡し”をしてくれるのです」

小宮山社長は06年に知人とともに国際箸学会を設立、現在、140人ほどの会員がいる。
箸と食べ物の摩擦係数を測定して分析し、新しい箸を開発したり、「マイ箸」を自作したり、箸の作り方や歴史、使い方を小学生に教えたりしている。ゲストを呼んで講演会も行なっている。また、殻付ピーナッツを皿から皿へ箸で移動させる「箸ピー・ゲーム」を生み出し、なんとイヌイットの村でもこのゲームで盛り上がったという。小宮山社長はこれを国際ゲームしようと、「箸リンピック」のマークまで作った。
箸学会で生まれた新しい出会いが社員も刺激し、コミーの製品作りにも生かされる。コミーは人との出会いを経営資源している企業のようだ。