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不快な立食パーティ?栓の開いたビールの行方(2001.03)

ある会に入るかどうか考えていたところ、ちょうど年に一度のパーティ招待券が届いた。

豪華な料理と立派な客―。
だが、会の終わる頃には次第に不快な気分になりその会に入るのをやめた。

その訳は、料理が半分以上と、一度に栓を開けたビールが大量に残っていて、これらのすべてが虚しく生ゴミや泡として捨てられるイメージを描いてしまったのである。

昔「使い捨て」という言葉があったが、今や「食い散らかし」やビールの「開け捨て」を平気で行っているのだ。
なぜ、宴会幹事は「ビールの栓くらい我々が開けます。余ったら皆さんで飲んで下さい」と言えないのだろうか。
以前、学生たちに安酒屋でごちそうをしたことがあった。
その時も幹事が一度にたくさんのビールを注文し、全部栓を開けてしまい、ほとんど飲まず、不快になった。
注意する機会を失ってしまい、「開け捨て」に嫌悪感を持ってしまったのだ。

アメリカの食文化を真似てパーティと称して「立ち食い、立ち飲み」「食い散らかし」「開け捨て?」という行儀の悪い習慣や、悪いクセはいつ頃から始まったのだろうか。

ガンコ者として、「そんなパーティはアメリカでやれ」と叫びたかったが、そんなことを言ったら、誰も相手にしてくれなくなるのかなぁ?
日本の食文化が「老いも若きも」「太りもやせも」みんな同じものを、同じ量ぐらいの「朝食」「定食」や「弁当」という良い点があると思う。

資源のほとんどない国で、しかも食料の6割以上を輸入している日本なのに、このままで良いのだろうか。
ビールの「開け捨て」は日本だけの進化したホテルのパーティ文化なのかなぁ・・・。