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航空業界参入物語<連載No.10>(最終回)

ユーザーの声がコミーを育ててくれた

1996年3月13日に始まったコミーの航空業界参入物語。 多くの人に教えられ、支えられここまでくることができた。我々の物語はさらに続く。

●「FFミラーエア」只今30種類
コミーは「気くばりミラー」として、コミーのブランドを作ってきた。この間、常にユーザーの声に耳を傾け、開発してきたつもりだ。航空機用ミラーも同様である。用途、内装によって形状等が異なるが、いずれにしてもミラーを100%生かすために、装着場所を含め開発に取り組んでいる。また、客室乗務員の身だしなみ用ミラーを「スマイルチェック・ミラー」と名付け、エアラインのロゴも入れて開発・納品もした。客室乗務員は、表面的な笑顔では「眼が笑っていない」と叱られるそうだ。心からの笑顔が真のサービスということだろう。 そしてボーイング社から依頼を受けていた最新鋭B767-400のビン用の新製品を1年がかりで完成させ、納品した。現在、航空用ミラーは約30種類あるが、今後はさらにトイレ用などの新製品も開発できればと考えている。現在、その可能性を探っている状態である。

●エア記念日から4年半
初めて航空機の中を見せてもらった日(1996年3月13日、コミーのエア記念日)からすでに4年半が経った。 未経験の航空業界をのぞかせてもらうのは楽しい体験である。例えばボーイングやエアバスなどの機体メーカーを訪ねた折も、製造中の飛行機や2~3年後に使う予定の内装モックアップを見せてくれた。もちろん一般の見学者コースより踏み込んだところである。近い将来はこんなに便利になり、こんなに豪華になるんだなあと思う。 また、ルフトハンザ航空(ドイツ)は旅客業だけだと思っていたが、世界のVIP専用機も造っており、数年先まで注文でいっぱいだという。豪華なシャワールームなどもあり、「この設計は大統領夫人の好みなのか?」とか「どんな会話がなされるのだろうか?」などと考えてしまう。当然だが「FFミラーをどこかに使えないだろうか?」「どんなミラーを開発すればよいか?」などとも考えている。

●あらためて感ずる「島国ニッポン」
FFミラーエアの仕事を通じ、航空業界で活躍している日本人からいろいろ聞くと、どうも島国ニッポンだけがまだ迷走しているようだ。他国に比べ、日本のマスコミのトップニュースは大事なことを無視し、どうでもいいことばかりなので、海外からの視点とのギャップにあきれ返ることも多いという。 そういえば、最近(2000年当時)食品に虫が入っていたというニュースが相次いだ。虫対策としては、入ってくる虫を防いだり、殺したりするだけではなく、その卵対策もしなくてはならないらしい。こうなると会社も製造現場付近に殺虫剤を大量にばらまかざる得ないという話を聞いた。当然、空気と土を汚染する。また、今は交通事故(年約1万人)と自殺者(年約3万人)だけで1日平均120人ぐらい死んでいるのにニュースにならないのはなぜだろうか…。そんなこんな、彼らと、島国ニッポンの変なところを語るだけでなく、世界に誇れる古き良き文化について語り合えるのは楽しい。

●これからも「教えられたり、教えたり…」
おかげでFFミラーエアの芽がふいた。このマーケットは意外に小さかったが、それはコミーにとって幸いだったと思う。コミーは「競争のエネルギーを創造に!!」と考え、小さなマーケットだけを選んで来た。マーケットが大きければ、大企業が競争相手になる可能性がある。大企業は巨体を維持するために恥も外聞もなく、ものすごい力で小企業などふっとばしていくだろう。 これまでは競争がなかったので、コミーの生きがいである「出会いの喜び」「創る喜び」「信頼の喜び」*を味わうことができた。
しかし、今後競争の世界で生き、そこで負けたとすれば、これらは一転して「出会いの悲しみ」「創る悲しみ」「不信の悲しみ」に逆転する。 看板業からミラーのメーカーになった時、メーカーというものは「マーケティング」「技術開発」「生産システム」の三本の柱が重要であることがわかった。
しかし、このバランスが重要でひとつでも手を抜くと全体がダメになることが、かなり後になってわかった。ことに地味な「生産システム」に手を抜いてしまうと、雪印や三菱自動車、ブリヂストンのように、高い授業料を払わなくてはいけないのである。

コミーは、「気くばりミラー」の分野だけは、かなり高いレベルの人たちに学んでこられたと思う。寝ても覚めてもこれらを考えて、いろいろな人に学び一歩ずつ前進することは楽しい。

さらにもっと学び、例えば
「リコーのCS中心のマーケティング」
「3Mの技術開発」
「トヨタの生産システム」
などのレベルを目指したい。
航空業界に参入するには超えなくてはいけないハードルがたくさんあった。しかもそれは、ひとつひとつぶつかってみなければわからない苦労の連続であったが、世界に通用する基準を手に入れることができたと思う。この世界でのビジネスは始まったばかりである。

コミーの顧問は、「教えることは、教えられることである」と言った。 もう一人の顧問は、ちょっと古いが「とんとんとんからりんの隣組」の歌の最後にある「教えられたり、教えたり」を繰り返している。
これを機に「コミーにどんどん教えてください」
「コミーの問題点をどんどん指摘してください」
「コミーから気軽にどんどん教わってください」
とさらに繰り返したいと思います。そのための時間や出会いの場を、もっと作っていこうと思います。  (「航空業界参入物語」/了)

ご愛読いただきありがとうございました。