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ユーロショップ出展記<連載No.3>

民宿の夫婦におびえる我々お客たち

民宿の前にて

先に一度書いたが、大きな展示会があるとホテルは全部満員になり、出展者は安い民宿を紹介してもらう。
我々の場合、かつて娘さんが使っていた2階の部屋を3人でそれぞれ借り、朝食付きで一泊4千円ぐらい(ホテルだと7千円から1万5千円)と安上がりで済んだ。
長旅からやっとここに着いたとき、中年夫婦が出てきた。だんなは実に貫録があり、握手を一人一人に求める。
まず手を出し、いったん握り、それから強く握る。大声で何かしゃべりながらである。こっちも何とかしゃべる。すべて真似である。どっちが客かわからん。
すべて先手を打たれる。朝食で1階へ降りるときは3人でまだ早すぎるとか協議しながら同時に降りていく。朝のあいさつは、こちらから先に「グーテンモルゲン(おはよう)」と、大きな声で言おうとしても、なぜか小さくなってしまう。
それに対して先方は大声で「グーテンモルゲン」と返事。だんなは英語を少ししゃべるが、かみさんは我々が全然理解できないとわかっても絶対にドイツ語しかしゃべらない。

初日はこれからの生活のことについて話した。いつもだんなはかみさんと相談している。今後必要なことを我々は聞く。
「風呂は何時まで」「10時まで」「湯沸かし器を使って日本から持ってきたものを部屋で沸かしてもよいか。電気料について問題はないのか」(実はここら辺があいまいであったようだ)。
まずはこれでひと安心。翌日早速、スーパーで湯沸かし器や水筒を買うが、これがあとで我々がおびえる結果となる。

3日目の夜、仕事も終わり、ほっとして、日本から持って来たインスタントラーメンを3人で食べ終わった夜10時過ぎだったろうか、夫婦で我々の部屋にいきなり入って来て、「部屋でコッヘン(料理と思うが)するな!」「洗濯もダメだ」「10時過ぎに風呂に入るな」と命令調で言う。

我々はあっけにとられ、「なぜ」「先日ポットを使ってもよいと言ったではないか」「洗濯はどこでしたらよいのだ」と言いたいのだが、相手を怒らせない言葉で言えっこない。
嫌われでもして、「金はいらないから出ていってくれ」とでも言われたらどうしよう。モタモタしていると、明日の朝に話すからと言って出て行った。
さあ困った。3人で相談するが、結局、うまく言えないからポットを使うのはやめよう。展示会場の自分の小間でラーメンは食べようということになった。
洗濯については、弱った。靴下はムレムレ。また、ワイシャツは出展者なので必需品。コインランドリーは近くにはない。
だが、とにかく相手を怒らせるとまずいので、言いつけは守るように翌朝3人で確認(ちなみに我々の年令は40、50、60をチョット過ぎたころである)。

しかし、その晩から、どういうわけか風呂の水が冷たくなる。冷たいのを我慢しながらシャワーを浴びるだけ。ワイシャツは古いものをだましだまし使い、靴下も臭いがあまりしないものから再使用する。
ナオコ女史にこれを話すと、「それはあんまりかわいそうだ。電話してあげる」と言う。
それをどうしたものかと、仲間2人に相談するが、そんなことを言って相手を怒らせてはまずいので我慢しようということになったが、2日後には耐えきれなくなって、彼女に電話してもらう。
「くれぐれもお世辞を言ってくれ」と頼んだ上で。

かみさんの返事は「あの部屋は寝るところで洗濯場ではない」(風呂場にヒモをかけてくれてもよいではないか)。
また風呂の水が冷たいことについては「彼等はシャワーの蛇口をこわした」(前からこわれていたのに)、などであったが、ナオコ女史のお世辞がきいたせいか、その晩風呂にいってみるとお湯が出るではないか。そのうれしさ! だけどチョロチョロであった。湯のたっぷり入った風呂に入りたい。それでも我々は、日本から持って来た小さなみやげを持って機嫌とりに励んだ。

さながら親と子の関係みたい

しかし、かみさんは私が民宿の入口のカギをうまくあけられないのを見て、何度となく、しつこく大声で「ニヒトゾー!」(そうじゃない)を繰り返す。
身振り手振りも入って、いささかうんざりさせられる(でも本当にあけ方の難しいカギであった)。
また、ここの住所の発音が違うといっては、しつこく「ニヒトゾー」と怒鳴るのである。もうどうでもいいからよしてくれと思うのだけれど、それでもしつこく「ニヒトゾー」と、私の耳にはタコができんばかりである。
これらの接し方は権力を持った親(先方)と子供(我々)の関係みたいである。
逆に日本の民宿のおばさんがドイツよりはるばる商売にやって来た人間を3人泊めたらどうであろうかと考えてしまう。「会社は何人ぐらいで、商売はうまくいっているだろうか」「日本をどう思うか。ウチみたいなところで満足してくれているか」「日本語がわからず不便していないだろうか」ぐらいは考えるかも知れぬ。また、朝のあいさつぐらいはドイツ語か、英語でやるだろう。

これらのことを、西ドイツ在住の友達(日本人)に話してみたところ、この国では当たり前で、彼らは典型的なドイツ人だという。
その友達も他の民宿に泊まったことがあるというが、私のところと五十歩百歩、数回しか口をきかなかったという。
それでもなかには、洗濯はしてくれる、映画には連れて行ってくれるなどのサービス精神旺盛な民宿もあるという。そういう民宿に泊まれた人はまさに幸運というべきであろう。
我々には信じられない話で、3人で泊まっていたから何とか気がまぎれて過ごせたものの、たった10日間とはいえもし1人だったらノイローゼになっていたかもしれない。
この民宿だけには未だに礼状や写真を送りかねている。

ドイツは初老期、日本は青年期

今度の出展を通じて、いくつか考えさせられることがあったが、その一つは、国自体にも老若があるような気がしたことである。
実は、遠いヨーロッパには、さぞ珍しい品があるだろうと期待して行った。しかし、珍しい品は見付からなかった。
考えてみれば、日本はここ百年、欧米からたくさんの輸入をしてきた。ひたすら夢中になって真似をしてきたような気がする。
これまでに、語学ができて、そっくり真似したり、輸入したりして大儲けした商人や、かなりの地位を得た学者や政治家がいたように思う。
つまり「欧米では…」といった具合に、カタカナを駆使して、欧米には何も与えず真似だけ。人生でいえば、日本は幼年期であったかもしれぬ。
しかし、偶然にオランダ人と話したなかで、合気道や柔道(柔道二段の証書を見せてくれた)を習っていると聞いたのにはビックリ。
聞いてはいたが、日本より盛んなのではないかとさえ思われた。ハッピも知っている。いつの間にか日本の文化も輸入している。
日本はもう真似することがほとんどなくなったとはいえ、従来の欧米コンプレックスがあり、相手の気持ちを理解するように努め、少しでも学ぼうとする。つまり、現在の日本は青年期であると思う。

しかし、あの民宿のおばさんは、自分は正しく、自分を理解しろという態度姿勢であった。
どんなに立派であっても、相手から学ぼうとしない人間は、もう精神的に老人であると思う。あのおばさんが平均的ドイツ人であるとすれば、ドイツは初老ではないかと思った次第…。
日本は、夢中になって真似してきたとはいえ、洋式と和式に分類し、食事、トイレ、住居、結婚式においてまで、両方を使いわけている。
日本は島国とはいえ、この両刀使いとコンプレックスのせいか、大変適応性があり、どんどん世界に入り込んでいけた。

ウチの会社も青年期になろう

このユーロショップ出展を契機に、ウチの会社にもいくつかの体制変化が生まれている。寿司屋や天麩羅屋が海外で商売をする時代である。
ウチでも従来の3本柱(回転装置、ミラー、看板)に加えて輸出向きの製品づくりを進めようと思っている。

業務は貿易商社などのプロにかなわなくても、相手のニーズを知り、コミーの製品を知ってもらう意味において、直接の貿易も一応はできるように勉強しようということである。
しかし、ウチでは皆、高校の時に英語をかじったという程度のズブの素人。
また、従来の3本柱は絶対におろそかにできないので、2か月に一度ぐらいではあるが、各個人のテーマ(タイプ、英語、業務、看板)を決めて、土曜・日曜の全員合宿を始めた。やってみると、全員で勉強、宿泊、風呂、また酒もたまには良い。何よりも連帯感が生まれる。

よく、会社がつぶれそうになると、上のものだけがかけずり回り、下のものはしらけて、やっぱりつぶれたというのを何回か見てきたが、そんなとき、ウチの社の場合、全員で合宿すれば打開策も出てなんとかなるのではないか、などと思ったりもしている(私の片思いかもしれぬが…)。

肝心の商売の結果は…?

実はデュッセルドルフに行く前に「ユーロショップ注文殺到前祝」と称し、新入社員の歓迎会と合わせ新しい人を集めて自分の壮行会をやってきた。
かつて2年前のジャパンショップのとき、めずらしく外人がいると思ったら、ウチの小間に来て商社を通して、アレとコレが欲しいと言って70万円ほど買ってくれたマレーシアのおばさんがいた(今年も追加注文をもらったが)。
これらの経緯から内心で期待するところがあった。ユーロショップではなおのこと、そういう即断できる人間が数人ぐらいはいるだろう。また、自国に戻ってから、即、注文する人間も相当多いだろう。
出展費用ぐらいはすぐ稼げるだろうといった意気込みで、言うなれば、とらぬ狸の皮算用をしていた。
そして結果は、前にも書いたが、引き合いだけで130社(しかし、あとで考えるとライバル社からのものもあったと思う)。
この際、売り上げを正直に言おう。あれからも4か月が経過したが、この8月末現在で、まだ200万円弱。内訳はアルゼンチン、ギリシャ、イギリスからの注文である。これだけではまだ元を取っていない。ドイツからは引き合いが40社ぐらいあったが、注文となるといまだにゼロ。

しかし、だんだんこうした結果の理由がわかりかけてきた気がする。
前にも書いたようにドイツ付近は、初老の国なので保守的でムダ金があまりなく、新しいものに興味を示さないのではないか。加えて、競合する製品と比べ、いくら品質が良くても、税金、運賃、納期の点でこちらにかなりのハンディがある。
会場では、ヨーロッパで2万軒のチェーン店があるという大会社や、有名大型スーパーから「回転ミラックス」に興味があるとの引き合いを受けた。
しかしいつも在庫を持ち、どこでも供給とアフターができる体制(デポと称していた)が条件という。ユーザーにしてみれば当然のことと思う。

ウチの製品の場合、完成品はかさばってしまうので、最近、ちょっとの道具で簡単に組み立てられるようにし、あとは箱詰めをして送れば良い方法、すなわち“ノックダウン方式”を開発した。やっとこれなら競争に勝てるかもしれぬと思っている。
しかし、先日うれしいことにギリシャからの100万円近い完成品の追加注文の電報が入ったり、見積もりを出したオランダより色よい返事も来ている。向こうの夏休みが終わったら、もっと動き出すかもしれぬ。
また、よく聞くことだが、輸出の場合は「注文は忘れたころにやってくる」ということもあるし、“センミツ”といって、引き合いが「千」に対し、「三」つの注文があれば良いともいう。

アルトシュタットの飲食街。
うまいものが安く食べられ、
いつも人がいっぱい。

輸出はなんといっても1ロットの金額が大きい。相手も慎重だろう。手紙のやりとりや、調査などをしながら、根気よく積み重ねていこうと思う。
しかしながら、輸出はプロに任せたい。ウチはメーカーに徹し、国内のように90%以上を取扱店経由で販売していこうと思う。
すぐには無理だったが、4~5年で元が取れると思う。まあ、5年償却の機械を買ったようなものである。
それより良いことには、お得意先を得ることによって、先方のニーズを知りながら、ほかの製品もこのルートに乗せることができれば、貴重な会社の財産を得られるだろうと考えている。

長らくご愛読ありがとうございました

これまで書いてきたことは、私自身めったにない経験でしたので、飛行機の長旅や、民宿で退屈なときにメモしておいたものです。
私自身にとって、文章をまとめることは大変な作業でありましたが、各回ごとに本誌(『総合報道』)の野口氏のお力添えで、なんとか完了することができました。
おかげさまで私個人としても、忠実に書いたものが活字になって、ちょうど良い旅の記録とすることができました。
ただ、これらは半月だけの素人体験です。ご意見やご感想、ご質問などを頂いたり、弊社にお気軽にお立ち寄り頂ければ大変ありがたいと思います。

ケルンの大通りの歩行者天国。
若者達が真昼間から酒盛りして
楽しんでいる光景も…

(追記)
ここまで読んで頂いたついでにコミー工芸のPRをさせてもらえればと思います。
私自身、技術者ブームのときに簡単にサラリーマンになったものの、ものすごいコンプレックスに悩まされた。「レポートが書けない」「図面が描けない」「しゃべれない」。
はっきり言って仕事がさっぱりできないのである。私の上役は、もう私には依頼せずに私の後輩に依頼した。若くして今でいう窓際族。
そうなれば、周りの人間すべてが「小宮山はバカだ」「会社のお荷物だ」と言っているような気がする。こっちだってそれが嫌だから懸命に働いてみたり、欠点を隠そうとする。
だが、本当に役立たん人間だからしようがない。実にくたびれた。それに比べ、いつも行っていた夫婦でやっているラーメン屋のなんと生き生きしていることよ。

とにかくやめよう。脱サラというより「落サラ」だ。その後、思い違いや、失敗ばかりしたが、まさか、看板で飯を食うようになるとは思わなかった。
またその後、まさか、昔の機械屋だったことが役立つとは思わなかった。また、回転に詳しくなったが、その後まさか、防犯関係の仕事をするようになるとは思わなかった。
また、まさか、ユーロショップの経験ができて、昔の英語が役立つとは思わなかった。私自身、昔、ダメ人間であったのに、現在はちょっとありがたすぎる。
理由を考えると、あるときに目覚めたような気がする。
利口なふりをするよりも、「この点が非常に弱い」と本当のことを言い、自分としての努力もするが、頼む、と人にお願いし、それに応じてくれた人々に恵まれたことであると思う。
良きお客、友、外注先を得ることができた。
コミーは学ぶことにより成長してきたと思う。

以上からわかりますように、コミーの得意なことは、数字による競争よりむしろ、お互い知恵を出しながら、相手に役立つことを考え、現製品の改良や、新しい商品創りをすることだと思います。
もちろん、食うか食われるかの肉食的大企業が入らない分野での…。

私自身、筋金入りのコンプレックスの持ち主であり、また、コミー全員が、「素直さ」「学ぶことの大切さ」「共存共栄」「教えたり、教えられたり」が身に付いているつもりですが、やっぱりわからないのは、自分自身の姿です。
少しでも、気が付いたことをアドバイスして頂ければ大変ありがたいと思います。

(この物語は、1982年に執筆し、屋外広告業界の専門誌『総合報道』に連載し好評だった内容の転載です。用字・用語等に若干の修正を加えてあるほかは、掲載当時の内容そのままとしております)