Home > コミー物語 > 「掃除と分類」物語<連載No.9>

「掃除と分類」物語<連載No.9>

西洋文化はYesかNoがはっきりしている。
しかし日本では良いかげん(いい加減)。
これがまたいいかも…。

小学生の頃、我が家はビンボーで食べられるものさえあれば何でも良かった。親戚宅に泊まり、食事を出された時「嫌いなものは?」とあまりにしつこく聞かれたので「ない」と答えにくくなった。

そこで、「時と場合によって…」とごまかしたことがある。

後に年をとってみて「時と場合によって…」と あいまいにすることが島国日本人のすばらしい点と思うようになった。
YesかNoか、好きか嫌いか、と迫られた時に「時と場合によって…」といい加減なほうが実は正しいのではと思う。英語や独語の会話にはしきりに「Yes,No,I,,You」が入ってくるが、日本語には少ない気がする。

画像:西洋式と和式の比較 整理整頓の本には偉そうに「いるものといらないものにはっきり分けなさい。そしていらないものは捨てなさい」と書いてある。昔はこれが自分の欠点だと思っていた。
しかし最近は「バカヤロー、それは紙上の空論だ。明らかにいるものといらないものはわかるが、問題はその残りだ。将来必要になるかもしれん。使うのを忘れていただけかもしれん。だけど、そんなことを考えていたら日が暮れるわ。こういうものを『保留品』というんだ。以前『保留品』という言葉を整理専門の先生から学んだんだ」とはいえるようになった。
要品 、不要品のあいだに必ず保留品を入れる。要品はきちんと見出しをつけ、不要品は捨てる。保留品はたまに見直し、それをまた要品、不要品、保留品に分ければいいのである。

先日ISOの言葉で「適合品」「不適合品」と二つだけに分けてあるのを発見した。改めてどういう意味なのか聞いてみた。
すると「適合品」は「良品」のことであり、「不適合品」は「不良品」または「手直しすれば良品になるもの」であることがわかった。
私が昔いた会社では「良品」「不良品」「手直し品」とはじめから3つに分けてあった。つまり「良い」か「悪い」かのあいだに「時と場合によって…」を入れたほうがわかりやすいと思う。

「手直し品」という言葉は、手をかければ「良品」になるという意味で、その会社の工場用語であった。
それにしても、「手直し品」とは良い言葉である。

また「品」を「人」に置き換えたらどうか。組織の時は「良人」「不良人」というより、その組織にとって「役立つか」「役立たぬ」かとするとわかりやすい。「役立ち人」「役立たぬ人」「手直し人」と分けてみよう。「手直し人」は教育や環境を変えてやることにより、「役立ち人」になる人であり、「役立たぬ人」はどうあがいてもこの組織ではムリで、別の環境を求めねばならぬ人である。私のサラリーマン時代は「役立たぬ人」であった。

昔、通訳もしていた今井さんの話によれば、アメリカの会社には「改革」と「維持」という言葉しかなく「改善」にあたる言葉がなかったという。そこで、もっと良い考え方として「改革」「維持」の間に「カイゼン」を入れて仕事の性質を3つに分けた。その「カイゼン」の本がベストセラーになり世界に「KAIZEN」という言葉が広がったという。※「KAIZEN」(今井正明著/講談社)

また、2つを3つに分けた成功例として、日本におけるスーパーマーケット業の創業者達に90歳まで現役でコンサルタントをしていた成瀬先生は、我々にこんな話をしてくれたことがある。
「例えばレストランで400円と600円の定食を売っていた。あまり売れない。私が500円と650円と350円にしなさいと指導したら売れるようになった。650円を「見せ筋」500円を「売れ筋」350円を「目玉筋」といい、上下だけでなく上中下にすれば、客は買いやすく真ん中を買う」とのことでした。(正確な価格は忘れたが…)

「草枕」(夏目漱石の小説)では、人情から超然としてそれにわずらわせない「非人情」の世界を描いた。「人情」「不人情」の世界とは関係のない「非人情」の世界があることを示した。
我々凡人達の世界では3つに分けたほうが確かにわかりやすい。
しかし分けることを超えて、一丸となった世界を見よといった人がいる。鈴木大拙という世界的に有名な宗教学者で禅の実践と研究をしている人である。この人はハーバード大学教授もしたりしながら、世界の思想家たちに衝撃を与えた。元来、自分というものと汝というものを分けることはいけない。また、身と心を2つに分けてもいけない、というようなことをいっていた。彼はまた「日本人は宗教心が無いという人がいる。しかし、日本人には宗教心がある、それは『おかげ様で…』という言葉を日常いつも使っている」という。
そういえばこの言葉には「誰のおかげで…」という誰がいない。
この「誰」とは対面しているあなたでないこともある。初対面の人にも「はぁ、おかげ様で…」などということがある。この言葉は日本のように神様がいろんなところにいると考えていた人の生み出した言葉だと思う。「おかげ様で…」といういい加減な言葉は、韓国語にはあると聞いたことがあるが、独語や英語にはないと思う。

おかげ様でやっと書きましたが…。
まだ全体として、この文は整理されていません。

No.10につづく