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新社屋建築物語<連載No.2>

2. 新社屋建設へ
創業時を考えながら、これからのコミーを育てられないか

現状の問題が明らかになるにつれ、新社屋建設への思いが強まっていく。2004年5月、移転の方針が決定された。同時に新社屋はどのようにあるべきかについての基本的な考え方も打ち出された。翌年1月、土地購入に向けて具体的な検討がなされ、新社屋へ向けて本格的な活動が始まった。

●なぜ新社屋か?
「効率アップ」と「仕事がしやすい職場環境」の実現を 目指して

コミーはこれまで「トヨタ」や「デル」の生産システムを本から学んできた。NPS(New Production System)による「1個流し」の生産システム作りを目指し、納入業者の理解と協力を得ながら「多品種・少量・短納期」を可能なかぎり実現してきた。(NPSの生産システムづくりについては、「デル」に学んだ物語をご覧ください)
しかし、増加する試作や受注に対応するには現状の広さではもう限界である。部品の入荷路と製品の出荷路が十分に確保できない。増える仕掛品。人が移動すると他の者とぶつかる。会議の場所がとれない。これらの問題に日々直面していた。必死に生産体制を再構築しようと考えても、「狭さ」が壁となっていた。加えて、会社機能が生産拠点のある上青木と営業部門の西川口駅前の2カ所に分かれており、行き来しなくてはならないことも極めて非効率であった。さらにこれからのコミーを考えると研究開発室は不可欠であるが、そのスペースを確保できないでいた。
こうした問題を解決するために、「新社屋が必要」との思いは次第に強くなっていった。

●新社屋の必要面積を算出へ

2004年5月28日、会議で1~3年をかけての「移転」が決まった。またこの会議では次のことが検討された。
①以下の要素を基本に土地確保のための必要面積の算定
・各製品の売上げ予測に基づく増産体制
・新たな機器導入を含めた設備面
・研究開発室の設置
・事務所・会議室・ショールームの設置
②予算の割り出し
③賃貸も考慮に入れる。

2004年9月「A380標準化決定とふわり誕生」記念会を開いたとき、従業員の一人が酒の席で、次のように発言している。
「商品も増え、工場も手狭になってきました。世界を相手にしているのだから、もっといい工場を作って欲しい!」。これは当時の従業員すべての思いであっただろう。

●コミーの考え方と新社屋作り

新社屋を作るにあたり、下記のような指示をした。
・開発からUS(注)までの物や情報の流れを一連として捉え、迅速に仕事に生かすこと
・従業員全員がコミーの文化「問題の発見から解決まで」に向けて努力し、結果を出せる人間となること
・「深く考える」「なぜを発する」「本音のやりとり」に最も適する職場とはどんな環境かを考えること
・他企業の新社屋に移って成功した事例、失敗した事例を十分参考とすること
・社内だけでなく、顧客や外注先、地元近隣、応募者などの目を考慮すること
・10年前、20年前と現在の社会を比較し、10年後の変化を睨みながらコミーのあるべき姿を考えること

企業にとって最も大切なのは、会社が安定的に成長し、また一人ひとりの従業員たちが良き人生を送ることである。この2つを両立させることが大切であり、激しい競争の中で業績のアップにこだわるあまり、血眼になって働き従業員が疲れてしまったのでは意味がない。そのために必要な職場環境を考え、それを反映させた新社屋を作りたい。
2005年1月13日の会議では、次のことが決定。
・購入予定地の面積は100坪以上であること
・蕨駅・西川口駅・川口駅のいずれから徒歩25分以内であること
・予算として、土地代1億円、建物代1億円を上限とすること
・営業部門を統合する場合としない場合の2通りを考えること

こうして新社屋プロジェクトが本格的に動き出した。

(注)US:User’s Satisfactionの略で、ユーザー(現 場でミラーを使う人)から直接意見を聞き、販売・カイゼン・開発に生かすために定期的・継続的に情報を集めるシステム。