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車椅子から見たニッポン<連載No.5>

車椅子の視点110cmから何を学ぶか?<小宮山記>

ものごとをどの位置から見るか?が視点である。
それにより人生観または動物観が違うと思う。

まず動物の視点はどうか? 猫や犬は、いつも人間を低いところから見上げている。
彼らからすれば人間は恐いものであり、猫のように甘えてしまうか、犬のように忠誠を誓った方がうまく生きられると感じているのではないか。

他の動物はどうか。朝のカラスの食事風景を眺めてみた。ゴミ袋をつつき、おいしい肉類を引っ張り出す。そこで食べることもあれば、これを高いところへ運び、人間を観察しながら食べている。

カラスの視点からすれば、いくら一部の地域でゴミ袋対策をしても関係ない。石原知事が、いくら東京だけでカラス対策をしても国会が強制的に決めなくてはならぬかも知れぬ。
カラスは人間や餌のありかを、瞬時に上空から見たり近づいてみたりしているのである。犬猫や我々人間とは全く違う能力を持っていると思う。

では、我々人間、日本人の視点はどうか。
昔は少しでも高いところからの視点を求めてきた。二昔前は下駄の時代があった。思春期の男達は高歯を履いて、少しでも高い視点を求めた。

また、今は少し影を潜めたが、高度成長時代になると今度は女が「厚底靴」を履き、少しでも高い視点を求めた。
最近では世の中落ち着いて来たせいか、若者たちが「地ベタリアン」となってより低い視点から社会を眺めるようになった。
当初は不潔に見えたが、これは良いことかも知れぬ。またさらに低い位置で寝ているところからの視点はどうだろうか?
いつも通るところに寝ているホームレスから我々への視点である。管理社会で忙しく、疲れている人間をよく見ているのかも知れぬ。

我々日本人は島国で同一言語である。普通ほとんど同じ視点からしかものを見ることができない。
従って異質なものを排除する国民性があった。しかしこれからはもう鎖国はできぬ。異質なものから学び、共存しなければ生きられぬ時代となった。

車椅子は視点の高さにおいて異質である。我々の視点は150cmくらいであり、車椅子からの視点は110cmである。
車椅子からの視点は荒れた我々の心を見直すことができるかも知れぬ。
車椅子を使っている人からの意見をよく聞くことが必要と思う。

次回は50才過ぎて車椅子生活になった人からの視点。
意外や意外!! お楽しみに。
No.6へつづく